これを書いている時、望月は東京の赤羽という処に住んでいる。数年前、清野とおる「東京都北区赤羽」(1)という漫画を読み、それがきっかけで赤羽に住み始めた。その漫画では赤羽で起こった奇妙奇天烈な実話が数多く紹介されており、当時の望月は「この変な街に住んでみようかしら」という気を起こした。地下鉄南北線を利用して職場に行ける、というのも居住決断の要因となった。27年間住んだ故郷札幌にも同じ名前の地下鉄路線があり、ノスタルジックな気持ちになったためだ。住み始める以前から覚悟していた事だが、いざ赤羽に住んでみると漫画の中ほど奇妙な事は起こらず無難な日常が過ぎている。清野とおる氏は赤羽の飲み屋街に積極的に繰り出し往来の変な人に積極的に話しかけたりしていたようなので、同じ事をしないと同程度の奇天烈体験は得られないのだろう。自分にはそれ程の思い切りはなく、情けない限りだ。赤羽には、居酒屋が沢山並んでいてかまびすしい区画もあるのだが、一方で、ファミリー層も多く住んでいるように見受けられる。赤羽のスーパーに行くと男児や女児が元気に喋り散らかしている声がよく聞こえ、「いいぞいいぞ、もっとやれ!」という気持ちにさせられる(2)。そのような共存のせいかはよくわからないが、飲み屋街の真ん中あたりに小学校が鎮座し子供達に先駆的な情操教育を施している。そのため、赤羽では「あの小学校前の飲み屋、良いよなぁ」といった台詞が囁かれている。
赤羽は、とても住みやすい街だと思われる。その理由をつらつら書いてみたい。これを読んで赤羽に住みたいと思う人が出てこないとも限らない。皆喜ぶであろう事柄から書いていき、徐々に個人的思い入れが強い事柄について書いていきたい。まず、JR赤羽駅から様々な路線に乗る事ができ、関東圏であれば少ない乗り換え数で色々な所に行ける。また、ユニクロやジーユー、ABCマートや靴流通センターなどがあり、服や靴を揃えるのに困らない。巨大なスーパー、ドラッグストア、百円ショップも沢山あり、日用品を揃え易い。松屋や吉野家、マクドナルド、モスバーガー、バーガーキング、餃子の王将、日高屋、大戸屋、種々のラーメン屋なども充実しており料理不得手な独身男性も食事に困らない。やよい軒がないのだけが玉に瑕だが。商店街を通ると、これでもかというほど色々な眼鏡屋があり、眼鏡屋街と呼んでも差し支えない様相を呈しているのも個人的に気に入っている(3)。その中でも眼鏡市場は、看板が緑色、淵やレンズが緑色の眼鏡を多く売っている、などの点を高く評価し贔屓にしている。眼鏡をかけた複数の知人にこれを言ってみたが全く共感されなかったのは苦い思い出だが。また、赤羽にはでかいスポーツ用品店があり、運動着や登山着チックな服が多く売られているのも良い。札幌で暮らしてる時分はそうでもなかったのだが、東京の夏は気が狂うほど暑いので、そういった通気性の良い服を着て少しでも涼し味を得ようと藻掻いている。数年前、夏に登山着的格好で大学に行っていたら、カッチリした格好をしている事が多い当時S研究室助教のYさんから「望月さん、今日は寝間着ですか?」と煽られたのも今では良い思い出だ。ビバホームというでかいホームセンターがある、という点も個人的には気に入っている。望月は緑色の物品を好んで収集しており、ホームセンターでは緑色の商品が多く売られていて心躍る、というのがその理由だ。また、でかいホームセンターや靴流通センター、でかいスポーツ用品がある事から察せられるように、赤羽には都会都会していない長閑な雰囲気が漂っている。自分は退廃的人間なので、お奇麗なマダム達がウフフと談笑しているようなお洒落な街に間違って住んでしまうと気疲れしてしまうと思うのだが、赤羽にはそういった雰囲気が全くないのでとても暮らしやすい。時折、酩酊して往来で寝たり叫んだりしている人を見ると、「いいぞいいぞ、もっとやれ!」という気分になる。
また、これは赤羽特有なのかわからないが、老婆の会話がよく聞こえてくる(4)。望月は老婆に少し憧れを持っており、もう少し年を取ったら老婆のような見た目の老爺になりたいと思っているため、老婆の会話が聞こえてくると少し嬉しくなる(5)。老婆を好意的に思っている傍証としては、多くの老婆が持っている収納機能付き手押し車を祖母に使わせてもらったり、手押し車が売られている店で商品を吟味したりしている。老婆達はよく、「この間、肉じゃがを作ろうと思って材料買いにスーパーに行ったんだけどさぁ、ジャガイモを買い忘れちゃったのよぉ!」といった会話で大盛り上がりしている。また、往来である老婆の電話が鳴り、電話に出るなり大声で「あんた生きとったんか!!」と言った時は堪え切れず笑ってしまった。長年の友人からの久しぶりの電話、といった所だろうか。一人の老婆が初対面らしき複数の老婆にホッカイロを配っている場面に遭遇した事もある。ホッカイロを貰った老婆達は「ありがとうねぇ、こんなに沢山」と恐縮していたのだが、配る側の老婆は「良いのよ、私ホッカイロだぁいすきで沢山持ってるんだから!ホッカイロ開発者に鰻を奢ってあげたいわ!!」と言っていた。
また、これは赤羽の老婆とは関係ないが、最近、ある雑誌に記事を書かせてもらった際、老婆を火種として共著者と少し揉めた。投稿したのは研究内容についての記事なのだが、普通のまじめな書き出しではちょっとツマラナイと思い、芥川龍之介「羅生門」に出てくる老婆と下人のやりとりを基にした奇妙な会話を記事の冒頭に載せたのが揉め事の発端だ。その中で老婆が「この物質に端子を付けてな、この物質に端子を付けてな、電流を測るのじゃ」と言うのだが、共著者がこれを読み、「これは、実際に電流を測ったりしている研究者を馬鹿にしていると思われるので、やめた方が良い」というような事を言ったのだ。望月は、羅生門の老婆や赤羽の老婆に限らず老婆全体に好印象を持っているため、そのような発想が全く無かった。そのため、共著者は冗談でそう言っていると思い込み「まぁ、そうですねー笑」といった感じで受け流していたのだが、共著者は案外本気でそう言っており、小競り合いの結果その部分は変更された。望月が悪意に鈍感なのは、上述の例よりよほど酷い発言が飛び交うお笑いを好んで観ているせいかもしれない。勿論、他人を傷つけないというのは尊い志で、それは尊重されるべきだし、共著者の意見は素晴らしい。一方で、他人への配慮で失われる良さや配慮にかかるコストもあるよなぁ、というような事も思っている。というのは、あらゆる発言に悪意を見出す事は可能であるため、どれだけ配慮すれば気が済むんだ、という話になるからだ。たとえば、ある人が「今日は良い天気で気持ちが良いですね」と発言した際、「この人は雨がよく降る地域の人を見下している」という解釈は可能だ。このレベルの事に配慮していたら、気疲れで発狂しそうになるし、雁字搦めになって何も発言できなくなってしまう。当然、これは酷いイチャモンで極端過ぎる例だが、あらゆる事に配慮していくと最終的にはこれに近い事態になってしまわないか心配なのだ。そのような心配は杞憂である可能性も高いが、あらゆる方面に配慮するという方向性に自分は加担したくない、とは思っている。それをやると、制限が厳しくなり過ぎてある種のお笑いができなくなってしまうためだ。自分もちょっとその気があるが、お笑いの現場では、罵詈雑言を浴びて喜ぶ人すら存在するように見える。自分への悪口などを笑いをとる材料だと捉える見方もあるわけだ。悪口に敏感になり過ぎる事はそのような人々の喜びを奪う事にもなり得る。このようなトレードオフに由来する諍いの行方は、誰も知らない。
1.同じ著者が、「そのおこだわり、俺にもくれよ!!」という漫画も描いており、こちらも独特な味わいがある。
2.余談だが、以前、赤羽のスーパーにて、赤子用の抱っこ紐を身に着けてそれに向かって何やら話しかけている方を見かけた。「赤子をあやしているのかな」と思いつつ後ろからその方を追い抜いた際、抱かれているのがぬいぐるみである事が発覚し吃驚した。
3.昔、兄が京都大学近くの百万遍辺りを「牛丼屋街」と呼んでいた。その辺りの区画にすき屋、松屋、吉野家といった代表的牛丼屋が密集していたためだ。今でもそうなのかは知らないけれども。
4.念の為書いておくが、わざわざ人々の会話に聞き耳を立てたりはしていない。比較的ボリュームが大きい老婆達の会話を街の雑音として愉しんでいる、という感じだ。
5.朧げな記憶だが、小学生の時分に学芸会でおばさん役をあてがわれた事がこのような趣向を持つきっかけだったかもしれない。他に思い当たる要因としては、顔が激しく母親似である事もある。小学生の時分、両親が共働きであるため望月家は友人達の溜まり場だったのだが、望月少年に対して「あ、お母さん、いつもお世話になってます」とか「今日はお仕事早く終わったんですか?」とか言うのが友人達の間で流行っていた。