物書きとして食っていきたい、とまでは言わないが、物書きとして小銭を稼ぎたい、ぐらいの気持ちを持っている。米原万理「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」やブレイディみかこ「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」、長瀬ほのか「わざわざ書くほどのことだ」などを読んで、著者達への憧れを密かに持っている。ここに書いた時点で、密かでも何でもなくなってしまう気はするが。憧れの対象が女性作家ばかりなのは、望月のたをやめぶりが発揮された結果かもしれない。家族の前でこんな事を言ったら、兄嫁に「君はむしろますらをぶりを発揮しなさい」と言われたけれども。円城塔氏(1)や柞刈湯葉氏など、アカデミア界隈から物書きになった事例は幾つかあるので、まったく無理な野望ではないのかもしれない。勿論、何の実績もないのにそんな事を叫ぶのは荒唐無稽だが。今の所、憧れを持ってはいるけれども何か猛烈に努力をしているわけではない(2)。研究が本業なので研究と無関係な変な文章を書きまくっている場合ではない、というのが主な理由だが、加えて、運よく物書き的挙動がうまくいって締め切りに迫られ続ける状況になったりした場合に自分の満足いく文章を書けるのか、と勝手に不安がっている節もある。そんな事に怯えるのは有名な諺「獲らぬ狸の皮算用」を地で行くような振舞いで、大変烏滸がましいわけだが。勿論、仮に本格的な物書きになりたければ、とにかくたくさん書いて、その中でほんの少しヒット作が生まれるかどうか、という勝負になるのだろう。物書きになりたい人が「自分はまだそのレベルじゃないので修行してからにする」とか「構想がまとまってない」とか何かと理由をつけて何も書かずに過ごして結局何もしないまま終わる、という様は何となく想像がつく。良い物を書くには、ごちゃごちゃ考えずにとにかく何かを書き始め、その過程で成長していくというのは一つの正解だろう。一方で、猛烈に執筆活動に打ち込まず無為に過ごしてこそ生まれる発想というのがある気もするのだ。
研究界隈では、無為に過ごす事の重要性がある程度共有されているのではないかと思われる。というのは、界隈では、「具体的な研究テーマを進める」作業と「価値のある研究テーマを考える」作業が異質であるというのは共通認識、と言っても過言ではない気がするからだ。明確な境目があるわけではないのだが、前者は一心不乱に計算したり不眠不休で実験したりする事を指し、後者はぼんやり思いを巡らせたりざっくばらんに他者と議論したりする事を指す。物事を具体的に進めたり明確な目標がある場合には、締め切りが有効に作用するのはわかる(3)。しかし、何をするべきか考える段階では、明確な目標がないため、時間的制限を意識せずぼーっとしたり一見研究とは関係ない事をするのが有効だったりするのだ。研究の核となる重要なアイディアを散歩中や入浴中に思いつく、というのは我々界隈ではよく聞く話だ。まあ、がむしゃらに計算している時にこそ出てくる発想というのもあるので、どちらが偉いという事もないのだけれど。結局、自分の得手不得手を見極めてどちらをどれぐらいの塩梅で頑張るか決めたら良い、という話に落ち着いてしまう気もする。以下は、研究界隈で見聞きした話だ。ある研究者K氏は、風呂で思いついた研究について発表する際、湯船に浸かる人間の絵をスライドに貼り、聴衆を笑わせていた。また、ある研究者N氏はとある休日に「今日は鉄の意志でダラダラしている」と言っており、望月はそれを味わい深く拝聴した。N氏は放っておくと猛烈に頑張ってしまうが、ここに書いたのと似たような事を思い鬼の形相で寛いでいたのかもしれない。界隈外の人はこの話を聞いて、「鉄の意志がないとダラダラできないなんて可哀想」という感想を漏らしていたが。またある研究者T氏は、シャワーを浴びている最中に何かを思いつく事が多いらしく、「俺、もう、ずっとシャワー浴びてようかな」と言っていた。もしその方法が有効なら、物理学者は皆ビショビショで生活するだろう。ずぶ濡れになってしまったので、この辺りで終わる。
1.望月は学生の時分、円城塔「ポスドクからポストポスドクへ」を読み、爆笑した。なかなか楽しい文章なので、多くの方に是非読んでほしい。読了後、「こんな、自分の将来について悲惨な事が書かれた文章を読んで爆笑するなんて、望月はどうかしてるんじゃないか」と思うかもしれないが。
2.芸人のラジオにメールを送る、という矮小な努力はしている。方向性が正しいか心許ないけれども。数回メールを読まれた事があるのだが、その際は承認欲求中毒罹患の可能性を色濃く感じた。そのため、研究が疎かになる事を畏れてメール送信の頻度を落としている。
3.ワールドトリガーという漫画に「明確な目標がある場合の努力」について色々と書いてあり、望月はその部分にいたく感銘を受けた。皆さん是非読んでください。本文に色々書いたけれども、結局、自分の気に入った本を薦めるだけになっている気もする。