常識とか非常識とか、自明とか非自明とか

「お前は変人のフリをした常識人だ」と友人・知人に度々言われる。そのような評価を下された場合に喜ぶべきなのか悲しむべきなのか判然としないが、自分の場合は後者に近い感情を抱く。変人でありたいという願望が強いためだろう。そーゆー事を言われるせいか、ふとした瞬間に常識とはなんぞや?と考える事がある。自分ごときがそんな事を考えても、常識は時間変化するという皆さんが当たり前に理解している結論に達するだけなのだが、物に名前を付ける時は常識の時間変化に気を遣うべきだよなあ、と思う。物理屋の間で横行している「異常ホニャララ」という名前の付け方を見る度に、その思いが強くなる。ホニャララの部分には、物理現象や状態の名称が代入される。ホニャララの部分について常識とされている事から外れた事象に言及したい時に、「異常ホニャララ」という言葉が使われるわけだ。例えば、異常量子ホール効果や異常フロケトポロジカル相(1)などの名称をよく耳にする。これを読んでくれている(奇特な)方は量子ホール効果やフロケトポロジカル相について知っている必要はないのでここで読むのをやめないでほしい。一応説明すると、量子ホール効果という現象は昔は外部磁場を印加した系(2)でしか起こらないと思われていたのだが、ある時に外部磁場がなくても量子ホール効果が起こる事がわかったので、そーゆー事態を指して「異常量子ホール効果」という言葉を使う。また、フロケ系というのは時間方向に周期性を持つ系なのだが、そういった系のトポロジカル相は多くの場合時間方向に周期性のない系のトポロジカル相とよく似ている。一方で、時間の周期性がある場合にしか存在し得ないトポロジカル相もあり、そーゆー相を指して「異常フロケトポロジカル相」と言う。ただ、何が「通常」かは時代と共に変わるし、それと同時に「異常ホニャララ」という名称の意味はわかり辛くなっていく。先程出した例だと、「外部磁場がなくても量子ホール効果が起こる」とか「時間の周期性がある系にしか存在し得ないトポロジカル相がある」といった知識は専門家の間で瞬く間に共有されていくし、上に書いた事はもう既に常識と言って良いと思う。言葉を換えると、異常量子ホール効果や異常フロケトポロジカル相は最早全く異常ではない(3)。学会で、「普通の異常量子ホール効果ではこういった事が良く知られていますが、今回の場合は・・・」という発言を聞いた時は、心の中で「それ見た事か!異常ホニャララという名称の弊害で奇妙な文章が生まれてしまった!!」と叫んだものだ。量子ホール効果で外部磁場の有無を明確化したい時は磁場下の/非磁場下の量子ホール効果と言うべきだし、異常フロケトポロジカル相についてはフロケ系特有のトポロジカル相と言うべきだろう。ただ、こんな事を書いておきながら、自分も論文の中で「異常ホニャララ」という名称を使ってしまう事もある(できる限り避けてはいるつもりだけれど)。一旦物事に名前がついてそれがある集団の中で共有されている場合は、他の言葉を使うとややこしくなる事も多々あるからだ。また、既に定着している名前を変えるのは至難の業だ。やっぱり、新しい概念なり現象なりに名前を付ける時は、そーゆー事に注意を払うべきだろう(4)。ここでは「異常ホニャララ」という名称に特化して色々書いたが、「現代ホニャララ」、「非従来型ホニャララ」、「古典ホニャララ」等の名称に対しても同じ感情を抱く。

自明(非自明)、面白い(つまらない)といった言葉も、常識や異常といった言葉と似た雰囲気を醸し出している。ニュアンスをうまく伝えられる自信がないが、頑張って説明してみる。物理屋が何かの現象や状態を「異常ホニャララ」と命名する時、「異常」の部分には「これって面白いだろう?」という気持ちが込められている(5)。物理屋の間で「ある物理現象/状態が面白いとはどーゆー事か?」というアンケートをとった場合、勿論人によって色々と答えのバリエーションはあるだろうが、「その現象/状態を説明するためには既存の良く知られた理論を拡張もしくはより深く理解する必要がある」という回答は上位三位以内には入るだろう(5)。換言すると、その現象(状態)が何故起こる(存在する)のかは既存の理論体系では簡単には説明できないという異常事態が発生し、その現象(状態)を研究する事で一般化された理論体系もしくは理論のより深遠な理解に到達できる可能性がある場合に「面白い」という言葉が使われる。逆に、既存の理論から簡単に(同じ事だが、自明に)予言できてしまうような、常識の範疇に収まる現象/状態に対しては「つまらない」という言葉が使われたりする(6)。ここで、前段落で書いた事の繰り返しだが、物理現象を記述する理論は日々洗練/拡張されているので、年月を重ねる毎に常識はどんどん増えている。そういった状況を考えると、完璧な物理の理論体系が完成した暁には全ての事が常識となって面白い事なんか一つもないのかもしれない、という拙い妄想を度々やってしまう。そんな時が訪れるのか全くわからないし、そうなるためには普段曖昧に使っている「自明な」とか「理解する」といった言葉の意味をきちんと明確化しないといけないと思うけれど(7)。また、常識がどんどん増えた結果として面白い異常な事がどんどん減っているかというと必ずしもそんな事はない。何故かというと、多くの場合、何かを理解するとさらに新たな疑問が湧くためだ。しかも、何か一つの事を理解した時に新たに生まれる疑問は一つとは限らず、二つ三つと出てくる場合が多い。そんな訳で、常識は増えているけれども、面白い事やわからない事がすぐに絶滅したりはしないだろう。

1.トポロジカル相については説明しません!理由は、面倒臭いから。とある物理的状態を指す言葉だと思って読んでください。

2.系という言葉は、着目している物体や集合を指す。何でも良いのだが、例えば、金属の塊とか、幾つかの化学物質が混ざった液体とか。

3.ここでは概念的な事ばかり書いているが、その現象/状態が起こる/存在する物理系は少ないという意味で異常という言葉が用いられているのかもしれない。その場合でも、今後の研究でそういった系がたくさん見つかれば異常という言葉は状況にそぐわなくなる。

4.皆さんも、例えば自分の子供に名前を付ける時は、「異常ホニャララ」という名前だけは避けてください。

5.もちろん他人の気持ちをわかる筈がないので、断定しているがこれは憶測だ。ただ、同意してくれる人は多いと信じている。

6.異常な事が面白く常識的な事がつまらない、というのはお笑いに似ていると思う。漫才やコントで普通の事をしても笑いはとれないだろう。

7.自明病という認知度の低い(と思われる)病がある。何かを勉強したり研究したりして自分が理解した事を自明に感じる病気だ。自分にとっては自明もしくは非自明な事が他人にとってはどうなのか?という問いに答えるのは難しいし、ざっくり把握するのも大変だ。