物事の認知度

あまり馴染んでいない相手との会話を弾ませるのは大変だ。相手の知っているであろう単語を使い、相手の知っているであろう話題に触れなければならない。だが、そもそも相手の事をよく知らないので上記の任務を遂行するのは困難だ、不可能に近いと言ってもいい。また逆に、ありきたり過ぎる話題を選んでも退屈になってしまう。ある時、以下のような居た堪れない場面を目撃した事がある。しばらく沈黙が続いた後に、二人が同時に喋り出してしまい、どうぞどうぞと譲り合いになった後に、片方が「いや、僕はいい天気ですねと言おうとしただけなので」と宣ったのだ。その時は、思わず「天気の話かよ!!」と心の中でツッコんでしまった。まあ、もう一人の話が面白かったので事なきを得たけれど。

また、自分は会話中によくボケるが、誰にでもわかるボケにしようという事はいつも気にかけている。誰か知らない人の話が出た時に、「その人、ホンジャマカでいうとどっちに似てる?」というボケを以前はよくしていたが、最近は「サンドウィッチマンでいうとどっち?」と言うようにしている。ホンジャマカというお笑いコンビがレギュラー出演していた東京フレンドパークというテレビ番組が2011年に終了し、彼らの知名度が下がったのではないか、と危惧したからだ。ただ、サンドウィッチマンよりはホンジャマカの方が構成人員の個性が凸凹していてわかりやすかったのだけれど。漫才のボケ・ツッコミでも「誰にでもわかるようにしよう」という意識は垣間見えて、違うコンビの漫才で同じフレーズを耳にした事もある。「約分せえよ!(学天即・サンドウィッチマン)」とか、「現地集合かい!(和牛・ミキ)」とか。恐らく、同じ言葉を使ってしまうのは、知名度が高くかつ短い単語を選び抜いた結果だろう。

一方で、他人が絶対知らないような話を夢中で話す人も嫌いじゃない。伊坂幸太郎のマリアビートルという小説に登場する檸檬という殺し屋は、機関車トーマスの話ばかりするし、何でも機関車トーマスのキャラクターに例えて説明する。その場面を読むと、「そんな事わかるヤツいないだろ!」と心の中でツッコみながらニヤニヤしてしまう。また、自分の友人にも、誰も質問していないのにとにかくキノコの話をする輩がいる。彼は人の話を聞くのが好きじゃないらしく、ひたすら自分の話をする。そんな人達の相手をするのはとても疲れるが、状況を見ている分にはとても面白い。

相手の知らない事を短時間で伝える技術もあると便利だ。なるべく、短い単語で明快に説明した方が良い。学会発表ではその事にとても苦心するが、出身研究室の准教授から貰った「説明モードになっては駄目」というアドバイスには一定の真実味を感じている。学会発表以外の場でも、退屈な「説明」を避けて相手に未知の事柄を効率的に伝える様を目にした事がある。ある日、出身研究室の後輩に、いきなり「自分って身勝手じゃないですかぁ?」と言われたのだ。「いや、知らんがな!」と思わずツッコんでしまったが、話の導入の仕方としては、彼が身勝手である事が一言で伝わっているためとても効率的だ。実際、その後彼は自身の身勝手エピソードを披露し、場を盛り上げていた。その話術に舌を巻くと同時に、相手が自分の身勝手さを予め知っているかのような身勝手な彼の話し振りにはある種の爽快感を覚えた。そういった高等技術を、是非とも身に付けたいものだ。